導⼊施設インタビュー
次世代のシミュレーターが
救命士育成の在り方を変える
一般財団法人救急振興財団
救急救命東京研修所 教授
南 浩一郎 先生
科学的根拠に基づく次世代シミュレーターの誕生
私は、消防機関の救急救命士養成を主たる目的に設立された救急振興財団で、救急救命士及びその指導者の養成を担っていますが、プレホスピタル・ケアにおいて欠かせないBLSなどの指導については、もどかしさを感じていました。理由は、科学的根拠に基づいた指導が、長らく実現困難だったからです。
そこで私は、病態推論というレクチャーを自ら考案し、科学的にアプローチできないか試行錯誤を繰り返していたのですが、高研の社員さんが、そのレクチャーを見学される機会がありました。ちょうど高研の方でも、次世代のシミュレーター開発を検討しだした時期だったらしく、その開発に向けて監修の依頼があり、お引き受けしました。
実際の開発では、救急救命士のBLSや救命措置に対する処置を数値化するというのが最大のポイントで、私自身も非常に興味がありました。1991年にプレホスピタル・ケアの充実を目的として救急救命士法が法制化されて30年余りがたちましたが、救急救命士の養成現場では経験豊富な先輩たちの経験と勘に頼るところが大きく、指導教官の目視による判断に頼らざるを得ない状況だったので、科学的根拠に基づいて行為の適性を判断する方法がありませんでした。
そこで私は、救命行為そのものの適正を数値化できる機能をシミュレーターに取り込んで、科学的な分析結果を育成にフィードバックしたいという想いを高研側に伝えました。私の意見をできるだけ実現しようと高研の技術者の方々も苦心してくださり、試行錯誤の末に生まれたのが、次世代シミュレーターの“セーブマンプロ”です。
“セーブマンプロ”の最大の特徴は、胸骨圧迫や呼吸管理など、今まで測定できなかったことの数値化を実現し、病態をリアルに再現するために観察項目を画像で提供できる点にあります。もともと高研では、感触や肌触りにもこだわり、穿刺や気管挿管などの実習にも適したセーブマンというシミュレーターを開発してくれていましたが、BLSの科学的評価ができる、換気量の数値化といった私の細かい要望にも応えてくれ、“セーブマンプロ”に生かしてくれました。
特にBLSの記録機能、解析機能は私のニーズにはほぼ合致するもので、救急救命士教育においては、現時点で理想的なシミュレーターと断言してもいいでしょう。
“医療人としての誇り”に応えるためにも
救急救命士法により救急救命士の国家資格化がなされた当初は、現場で既に活躍している救急隊員たちが資格取得のために講習を受講するという状況でしたが、30年という歳月は現場隊員たちの世代交代を進行させ、今では資格取得を目指すのは大半が若い世代です。
世代交代が進むなかで、救急救命士としての役割が世間から認知されるようになりましたが、それに並行するように救急救命士自身のアイデンティティも高くなっていきました。いわば、“医療人としての誇り”です。
実際、救急救命士法の施行規則が定める処置範囲も順次拡大され、救急救命士の資格取得を目指す研修生たちの、医療人としての想いが益々高まっていくのを、私は指導の現場でひしひしと感じていました。
現場で特定行為まで行う頻度は高くはありませんが、多くの救急救命士から特定行為も欠かせないという声が多かったのです。それは、“医療人としての誇り”にも大きく関わる問題であり、そうした要望に応えるためにも次世代のシミュレーターが必要でした。
新しく生まれた“セーブマンプロ”は、現場での判断や病態把握、特定行為を含む処置をリアルに体感できるシミュレーターであり、まさに現場の要望を具現化した人体模型ともいえるのです。
“セーブマンプロ”は、手抜きを許さない
現在、私が所属する救急振興財団東京研修所には、既に20体以上の“セーブマンプロ”が導入されており、今後、さらに導入する数を増やす予定です。
トライアルで導入して1年半ほどになりますが、それまで主流だったセーブマンたちは、ほとんど活躍する機会がない状態です。正直、導入当初は指導にあたる教官たちも、どのように活用するのがいいのか手探りのような状態でしたが、今では活用のノウハウも蓄積され、旧来のセーブマンたちは活躍の場を奪われていったのです。
“セーブマンプロ”が急速に活用されるようになった理由としては、なんといってもBLSなど継続的な記録による数値化が実現したことが大きいと思います。例え指導教官がその場にいなかったとしても実習中はずっと記録が残るので、研修生たちも手を抜かなくなりました。というより、“手を抜けなくなった”といった方が正しいかもしれません。最終試験で“セーブマンプロ”を使うこともあるので、普段から継続的に活用していないと、高成績を残せないのです。
実際、ほとんどの人がガイドラインに沿った100点に近い数値を出すことが出来ており、私もびっくりしています。逆に、教官が目視によって正確だと判断したBLSであっても、数値を見てみるとガイドラインの基準に届いていなかった、ということもあります。見た目だけでは分からなかった微妙な問題点が、数値という指標で炙り出されたのです。
養成所における課程は7ヵ月という長丁場ですが、以前には最初は頑張っていても、後半になるとどこかで手を抜いているという研修生も見受けられました。しかし、“セーブマンプロ”は誤魔化しが効かない数値結果を常にはじき出すので、いわば監視されているのも同然です。結果、否が応でも頻繁に使うこととなり、その持続的な実習が100点近い結果に繋がっているのは明白でしょう。
“セーブマンプロ”には、教育を変える力がある
数値に基づく正確な処置を繰り返すことで、研修生の脊髄や筋肉が感覚を覚えることとなります。こちらとしても7ヵ月の研修で、体の中に染み付いた状態で自信を持って送り出せるようになったことが、最も嬉しい効果です。
教官にしてみても、オートマチックに結果が出てくるので数値で客観的に評価すればよく、以前のように主観的判断から指摘をする必要もなくなりました。また、数値化以外の細かい機能、あるいは心電図や病態を示す写真や画像を活用することでレアケースでもリアルに教えることができるので、困難症例などの指導により多くの時間を割くことができるようになりました。
また、数値化は自分の行為がどれほど適正であったかを瞬時に、自身で評価することを可能にしたので、指導者の同席も必須ではなくなりました。結果、1台の救急車に同乗するチームを想定した少人数での実施も可能となり、スマートフォンやタブレット端末などによる映像と組み合わせて記録を残しておけば、後で指導者を交えて振り返ることも容易です。
あるいは、数値と映像による記録があれば、1ヵ月後、1年後であっても比較することは容易で、遠く離れた場所で行われた複数のシミュレーションを客観的に比べることもできます。客観的な記録がどんどん蓄積されることとなり、より効率的な指導ノウハウへの進化にも繋がるのです。
このように“セーブマンプロ”は、従来の育成方法とは比較にならないといっても過言ではない、新しい人材育成法を生み出せる環境を実現しました。
救命士が救命士を育てる時代へ
“セーブマンプロ”という理想的なシミュレーターが使えるようになった今、差し当たって私の脳裏に浮かぶのは、それを宝のもちぐされにするか、有効な育成ツールとして活用できるかは、私たちのような指導的立場にある人間に懸かっている、ということです。
ハード面では目覚ましい進化が実現しているわけですから、それに合わせて教育機関の指導的立場にある人々も、教育方法のスキルを昇華させ、ハードの特性を十分に生かしていかなければならない時代に、既に入っていると思います。“セーブマンプロ”は、そうした指導者側の意識改革にも導いてくれるでしょう。
“セーブマンプロ”がさらに多くの育成現場で活用されることによって、活用事例もどんどん蓄積されていきます。普段は接触のない遠く離れた教育現場でもノウハウを瞬時に共有することができるわけですから、指導プログラムの進化に生かさない手はありません。これまでは私たちのような立場の人間が指導のノウハウを確立し、全国の教育的立場の人々に提供するという一元的な方法でした。しかし、シミュレーターの進化は私たちに、それぞれの現場でハードに見合った指導方法を自ら考案する段階にきていると教えてくれているように思います。
地震や台風、火山の噴火など、日本ではいつ何時、大規模災害がやってくるか分かりません。大災害であっても救急救命士が一人でも多くの命を救うためには、個々のレベルアップはもちろん、高いレベルを保持した救急救命士を一人でも多く育てる必要があります。より多くの人材を育てるという観点からも、もはや一元的な教育方法では限界があるように思います。
“セーブマンプロ”の出現は、幸運にも各教育機関が自立して後輩を育てていけるよう環境を叶えてくれました。その活用法を各育成機関がオープンにして共有すれば、“救急救命士が救命士を育てる”という環境がより整備されていくのは間違いないでしょう。
救急救命士の育成に携わってきた医師として、医学教育と救命士教育の決定的な違いは何かと問われたら、それは前者がほぼ知識で完結するのに対し、後者では知識と同時に体で覚えるという実体験が欠かせない、と答えます。実体験には自らの身体を使った訓練が欠かせず、その訓練には人体のリアルさが不可欠です。
リアルな訓練に大いに役立つシミュレーターとして、私は自信を持って“セーブマンプロ”を推薦できます。
まずは育成の現場で使ってみてください。
そして、優れた次世代を一人でも多く育ててあげてください。